「健康をまもるABC蛋白質」

[目次]

1. はじめに
2. ABC蛋白質とは
3. ABC蛋白質ファミリーの発見
4. ABC蛋白質の特徴
5. 生理的重要性
6. 脂質恒常性維持
7. 善玉コレステロールとABCA1
8. 脳内脂質恒常性とABCタンパク質
9. 薬の体内動態
10. MDR1の基質認識メカニズム
11. トランスポーター、チャネル、レギュレーター(レセプター)
12. チャネル型ABC蛋白質
13. レギュレーター型ABC蛋白質
14. ABC蛋白質の基質輸送モデル
15. 我々の目指していること
16. 健康をまもる(あとがき)



1. はじめに

細胞生化学研究室で研究しているヒトABC蛋白質は、おもに脂溶性低分子化合物をATP加水分解のエネルギーをもちいて輸送するトランスポーターである。それらの異常によってさまざまな疾病が引き起こされることから、生理的に重要であることがわかる。それゆえ、ABC蛋白質の作用や制御メカニズムを明らかにし、それらをうまく調節することができれば、疾病を予防し、我々の健康を増進できるだろう。それが我々の研究の大きな目標である。しかし、ABC蛋白質は、そのような実用的な面だけでなく、研究対象そのものとしても非常に興味深いのである。

まず最初に挙げたいのが、ABC蛋白質が生化学の常識や研究者の思い込みを何度も打ち破ってきたことだ。「生化学反応は基質特異性が高く、生理的に重要な反応は基質との親和性が高い」というのが一般的な概念であった。しかし、ABC蛋白質のひとつMDR1は、非特異的と思えるほどさまざまな構造の化合物を基質として輸送するにもかかわらず、生理的に重要である。経口投与された様々な薬の小腸上皮からの吸収はMDR1によって大きく左右されるし、脳内に有害物が浸入しないのはMDR1のおかげである。そもそも、自由に膜を通過できる脂溶性化合物がわざわざエネルギーを使って輸送されるとはほとんど誰も考えていなかった。さらに、ABC蛋白質は類似の2次構造をもち、いずれもATPによって駆動・制御されるにもかかわらず、トランスポーター、チャネル、レギュレーターに機能が分化している。これも常識はずれである。

次に強調したいことは、ABC蛋白質は、生命科学に残された未解明の分野のひとつ「膜脂質ダイナミズム」をこじ開ける鍵になる可能性があることだ。膜脂質は炭化水素鎖の長さや二重結合の位置や数までを考慮すると、1つの細胞中に少なくとも1、000種類以上は存在する。脂質の種類は、組織や細胞の種類、オルガネラ間で異なる。そのうえ、細胞膜の表裏、さらには同一膜上でさえ脂質組成の異なる微小領域が存在している。膜脂質は、生体膜の構成成分であるだけではなく、ダイナミックに変化しつつ、さまざまな機能分子が会合・集積する位置情報を提供し、細胞機能にとって重要なシグナルを発信しているらしい(1)。しかし、脂質の動きを見ることは、蛋白質の動きを見るよりはるかに難しく、細胞内や体内で脂質がどのように動いているのかは、いまだ不明である。それぞれのABC蛋白質が動かしている脂質分子種を明らかにし、それらと細胞機能や疾病との関連を明らかにすることは、膜脂質ダイナミズム研究のひとつの突破口になるかもしれない。

そして、最後に是非つけ加えたいのが、ABC蛋白質の研究が難しいということである。ABC蛋白質は精製の難しい膜蛋白質の中でも、特に精製が困難な部類に入る。さらに、ABC蛋白質が輸送する脂質の研究も容易ではない。脂質は実験器具などにべたべたとくっついてしまうので、実験結果がはっきりしない。それゆえ、脂質を輸送するABC蛋白質の研究は世界のどこでもなかなか進展しない。研究が進展しないのはとても苦しいが、逆に言うといろいろと試しながら長い間楽しめるということである。細胞生化学研究室では、20年以上ABC蛋白質の研究を続けており、その知識や経験の蓄積は他の研究室に簡単には負けないと自負している。

以下、ABC蛋白質についてまとめてみた。お時間のある方は読んでみていただけると幸いです。

2. ABC蛋白質とは

ABC蛋白質は、複数の膜貫通αへリックスをもつ大きな膜蛋白質で、細胞質側にアミノ酸配列がよく保存されたATP結合領域を1機能分子あたり2つもつ。バクテリアからヒトまで生物界に幅広く存在する。真核生物のABC蛋白質では。ATP結合領域はちょうどカセットのようにペプチド鎖中に2つ挿入されている。また、バクテリアのABC蛋白質においては、2つのATP結合カセットはサブユニットとして膜貫通サブユニットと分子集合している。ABC蛋白質は、このようにアミノ酸配列のよく似たATP結合領域がカセットのようにいろいろな膜蛋白質に挿入あるいはサブユニットとして使われていることからATP Binding Cassetteの頭文字をとって名付けられた。ヒトの染色体上には48あるいは49のABC蛋白質遺伝子が存在することが明らかになっている。それらのABC蛋白質はATP結合領域のアミノ酸配列の相同性からAからGまでの7つのサブグループに分けられる。(図1)


3. ABC蛋白質ファミリーの発見

抗がん剤の発達によって、急性白血病、悪性リンパ腫などは治癒可能な病気となった。しかし、残念ながら多くの固形がんは抗がん剤に対して感受性が低い。また抗がん剤が治療当初は有効であっても、再発後に効かなくなってしまうことがしばしばある。しかも困ったことに、再発時には投与した抗がん剤に対してだけでなく治療には用いられていない作用機構や構造が異なる抗がん剤も効かなくなってしまうのである。これらの現象はがんの自然耐性あるいは獲得多剤耐性と呼ばれ、がんによる死亡の大半に関係している。MDR1遺伝子は、がん細胞の多剤耐性のメカニズムを解明し、克服する方法を見つけようとする研究の過程で発見された。

25年前ごろ、植田は日本で開発された抗がん剤であるマイトマイシンCおよびブレオマイシンのDNAに対する作用機構を研究していた。ちょうどその頃、米国国立がん研究所のPastan博士が「がんの多剤耐性に関与する遺伝子を単離する」プロジェクトのために研究者を探していることを知り、幸運にもそれに参加する機会を得た。Pastan博士の研究室では、多剤耐性を示すヒトがん細胞の樹立に成功し(2)、抗がん剤耐性度が増すにつれて染色体の一部が増幅していることが発見されていた(3)。植田は、多剤耐性を示す細胞で共通して増幅している染色体領域を手がかりに、多剤耐性がん細胞で過剰発現している遺伝子の全長cDNAの単離することに成功した(4, 5)。そして、その遺伝子を、多剤耐性multidrug resistanceにちなんでMDR1と名づけた。

塩基配列からMDR1遺伝子産物のアミノ酸配列を予想した結果、バクテリアがATP加水分解に依存してアミノ酸や糖などの栄養物を取り込むトランスポーターと似ていることが判明した。つまり、ATP加水分解に依存して低分子化合物を輸送する新しいタイプのトランスポーターファミリーがヒトにも存在することが明らかになったのである。多くの生物のゲノムの全塩基配列が決定され、地球上の多くの生物が50-100種類のABC蛋白質遺伝子を染色体上にもっていることが明らかになった。ABC蛋白質ファミリーは、生物界全体の遺伝子ファミリーとしては最も大きなもののひとつである。


4. ABC蛋白質の特徴

ABC蛋白質の特徴(研究のおもしろさ)は以下の6点にまとめられる。

1. ヒトABC蛋白質の異常はさまざまな疾病と関係している。 (生理的重要性)
2. ヒトABC蛋白質は脂質恒常性維持に重要な役割を果たしている。 (脂質恒常性維持)
3. ABC蛋白質は薬の体内動態に関与している。 (薬物動態への関与)
4. MDR1は構造に類似性のない多くの基質を認識し輸送する。 (生化学の常識をくつがえす基質認識の広さ)
5. ABC蛋白質は類似の2次構造をもちながら、トランスポータ、チャネル、レギュレーターという異なった機能をもつ膜蛋白質に分化している。 (機能の多様性)
6. バクテリアからヒトまでそれぞれの生物で50-100種類のABC蛋白質が機能している。 (生物界全体における重要性)


5. 生理的重要性

ABC蛋白質の異常はさまざまな疾病を引き起こす(表1)。すなわち、ABC蛋白質は我々の健康のために重要な役割を果たしている(6)。後で述べるようにチャネルや制御サブユニットとして機能するものも存在するが、ABC蛋白質の多くは膜を介して化合物を輸送するトランスポーターとして機能している。ヒトABC蛋白質が輸送する基質は多くの場合脂溶性低分子化合物であり、これまでに基質の明らかになったヒトABC蛋白質のほとんどすべてが細胞内から細胞外へ、あるいは細胞質からオルガネラ内へ基質を輸送する。

がん細胞でMDR1(ABCB1)が高発現した場合、がん細胞が多くの抗がん剤に対して非感受性となるため治療上の大きな障害となる。一方、MDR1とアミノ酸配列が80%以上相同なABCB4(MDR2とも呼ばれる)は肝臓の毛細胆管膜で特異的に発現し、細胞膜を構成するリン脂質のひとつであるフォスファチジルコリン(PC)を胆汁中に分泌している。ABCB4の異常は肝内胆汁うっ滞症を引き起こす。また、ABCB11(BSEPとも呼ばれる)も同じく肝臓の毛細胆管膜で特異的に発現しており胆汁酸を胆汁中に排出している(図2)。ABCB11の異常によっても肝内胆汁うっ滞症が引き起こされることから、ABCB4によるPC分泌とABCB11による胆汁酸分泌は生理的に共役していると考えられる。

ABCA3は、致死的な新生児肺サーファクタント欠損症の原因遺伝子として2004年に同定された(7)。ABCA3は、肺サーファクタント(肺界面活性物質)を産生・分泌する肺胞II型細胞で特異的に発現しており、ラメラ体というサーファクタントを蓄積した構造体の一番外側の膜に局在している(8)。肺サーファクタントは種々の脂質からなる混合物であり、2つの飽和脂肪酸をもつジパルミトイルPCを多く含んでいる。肺胞内腔では、細胞表面の水相上に一層のリン脂質からなる膜が形成され、液相−気相界面での表面張力を減らすことによって肺胞が膨らみやすくなっている。未熟児では肺サーファクタントの産生が不十分で、肺がうまく膨らまないことが死亡の主因のひとつであり、それは未熟児窮迫症候群と呼ばれる。ヒトABCA3を安定発現する培養細胞株を樹立して解析した結果、ABCA3の発現によって細胞内に脂質を蓄積した大きなラメラ体のような小胞が形成され、ABCA3はその膜上に存在することが明らかになった(9)。これらの結果から、ABCA3は細胞内小胞上で機能し、その中にリン脂質とコレステロールを輸送していると考えられる。

ABCA4は網膜で光を感知する細胞で特異的に発現し、ロドプシン中のレチナールの代謝に関係している。光受容器が光を受けるとロドプシンに存在する11-シスレチナールは全トランスの異性体に変わるが、この全トランス異性体は毎回ロドプシンから遊離し、酵素的に11-シスレチナールに変換される必要がある。ABCA4は、その過程においてホスファチジルエタノールアミンと複合体を形成したレチナールの輸送に関与していると考えられている(10)。

ABCA12の変異は致死性の表皮異常を示すまだら色魚鱗癬という遺伝病を引き起こす(11)。この病気は表皮特異的なスフィンゴ糖脂質の分泌異常が原因であると予想されている。ABCA12によって表皮中に十分量のスフィンゴ糖脂質が分泌できないと、皮膚からの水分蒸発を防ぐことができないらしい。ABCA12の機能が完全に消失した場合、新生児は体内の水分を蒸発によって失って死亡するという、悲惨な遺伝病が引き起こされる。

ペルオキシソーム膜に存在するABCD1(ALDとも呼ばれる)は極長鎖脂肪酸のペルオキシソーム内への輸送に関与しており、その異常によって副腎白質ジストロフィーが引き起こされる。このようにそれぞれのABC蛋白質が我々の体の健康と密接に関係している。次にコレステロール恒常性に関与することから現在注目を浴びているABC蛋白質について述べる。




6. 脂質恒常性維持

生体内のコレステロールは非常に巧妙なバランスでその恒常性が維持されており、その破綻は動脈硬化のような生活習慣病を引き起こす。コレステロールは、膜の構成成分として、そしてホルモンや胆汁酸の前駆体として動物にとって必須の化合物である。動物は、コレステロールを肝臓で合成するだけでなく、食物として摂取し利用している。

腸管から吸収されたコレステロールはカイロミクロンとして肝臓へと運ばれ、低密度リポ蛋白質(LDL)、いわゆる“悪玉コレステロール”として各組織へ送られ利用される。末梢組織は余剰のコレステロールを高密度リポ蛋白質(HDL)、いわゆる“善玉コレステロール”として肝臓へ“逆輸送”することで、過剰蓄積を免れている。肝臓ではコレステロールは酵素的に胆汁酸に変換され胆汁として消化管中に排出される(図2)。
コレステロール恒常性維持におけるABC蛋白質の重要性がはっきりと認識されたのは、血中のHDLが消失する遺伝病であるタンジール病の原因がABCA1遺伝子の変異であることが明らかにされてからである。それはほんの10年前、1999年だった。ABCA1遺伝子を欠失させたマウスでは、血中からHDLが消失する。また培養細胞にABCA1を高発現させ、培地中にリポ蛋白質apoA-Iを加えると細胞内のコレステロールとリン脂質がHDLとして排出される。

HDL形成はマクロファージ内に蓄積したコレステロールを除去する唯一の経路である。アテローム性動脈硬化症はコレステロールを蓄積しすぎた泡沫化マクロファージが動脈内膜に出現することから始まる。そして、血中HDL量と虚血性心疾患や脳こうそくの発生率が逆相関する。これらのことから、HDLは一般には善玉コレステロールと呼ばれている。実際に、ABCA1遺伝子に変異をもつ人は血中HDL量が低く、加齢にともなう冠動脈壁の厚さの増加が正常人と比べて有意に高い。従来、マクロファージからのコレステロール流出は細胞膜とHDL粒子の間に形成される濃度勾配によって非特異的に行われると考えられてきた。HDL形成にABC蛋白質のひとつであるABCA1が重要な役割を果たしているという発見は、コレステロールの体内の輸送に関する考え方を大きく変えた。


7. 善玉コレステロールとABCA1

ヒトABCA1を安定発現させた培養細胞の培養液にHDLに存在するアポリポタンパク質であるapoA‐Iを加えると、apoA‐Iにリン脂質とコレステロールが結合したHDL様粒子が形成される(12)。しかし、そのメカニズムに関してはいまだ不明な点が多く残されている。ヒトABCA1を精製しATPase活性を測定すると、ABCA1はホスファチジルコリンで作製したリポソーム中で高いATPase活性を示すのに対して、ホスファチジルセリンやホスファチジルエタノールアミンを含むリポソーム中では活性が低い(13)。また、細胞膜中のスフィンゴミエリンを減少させ、ホスファチジルコリン含量を増加させるとABCA1によるコレステロール排出が増加する(14)ことから、ABCA1は細胞膜からホスファチジルコリンとコレステロールをapoA-Iへ受け渡していると考えられる。しかし、精製ABCA1をコレステロールを含むリポソームに再構成すると、予想に反してATPase活性は低下した。

一方、ABC蛋白質の中でABCA1と最も相同性が高いABCA7を培養細胞に安定発現させると、ABCA1の場合と同様にapoA‐Iに依存してリン脂質とコレステロールを細胞外へ排出するが、ABCA7によって形成されるHDL中のコレステロールの含量はABCA1によって形成されるHDLと比べて明らかに低かった(15)。コレステロールをapoA‐Iに効率よく載せるのはABCA1に特異的な活性であると思われる。しかし、ABCA1がトランスポーターとしてコレステロールを直接輸送しているのか、特殊な膜ドメインを形成することによって脂質がapoA-Iに移動するのを間接的に助けているのかは、いまだ議論が分かれている。

コレステロールの過剰蓄積は細胞にとって有害である。細胞内のコレステロール量が上昇すると、その代謝中間体であるオキシステロールをリガンドとする核内受容体LXRによりABCA1遺伝子は転写活性化され、ABCA1の量が増加することによって細胞外への排出が促進される。しかし、コレステロールは細胞膜の必須な構成成分であり、通常の細胞の細胞膜にはリン脂質成分とほぼ等量のコレステロールが存在する。コレステロールが減少しすぎると逆に細胞は死んでしまう。それゆえ、ABCA1蛋白質は半減期1−2時間で速やかに分解され、細胞からコレステロールが過剰に排出されないようになっている。ABCA1の分解と活性が巧妙に調節されており、細胞内蛋白質との相互作用やリン酸化などが関与していることが明らかになりつつある(16)。ABCA1の分解や活性制御に関わる蛋白質はHDL新生促進ための創薬のターゲットになる可能性がある。

ABCA1以外にも、多くのABC蛋白質がコレステロールの体内恒常性に重要な役割を果たしている。ハーフサイズのABC蛋白質であるABCG1は、ABCA1と協調的に働いてHDL形成にかかわっているらしい。我々は、ABCG1はスフィンゴミエリンとコレステロールを輸送することを明らかにしている(17)。また、ABCA1とABCG1が細胞膜上の別のドメインで機能していることも明らかにした(14, 18)。コレステロールは肝臓で胆汁酸に変換され、ABC蛋白質のひとつであるABCB11(BSEP)によって消化管中に分泌される。食物中の脂質を溶かすことによって脂質を小腸から吸収しやすくしている。胆汁酸は非常に強い界面活性作用をもち、そのままでは毛細胆管細胞を溶かしてしまう。そのため、ABCB4(MDR2)がホスファチジルコリンを胆汁中に分泌し、胆汁酸をミセル状態にたもっている(19)。また我々は、毎日数百ミリグラムずつのコレステロールと非動物性ステロールを食べているが、50-60%が吸収されるコレステロールとは対照的に、シトステロールなどの植物性ステロールは摂取量の5%以下しか吸収されない。それは、小腸上皮と毛細胆管に発現しているABCG5とABCG8が非動物性ステロールを体外へ排出している(20)からである(図2)。


8. 脳内脂質恒常性とABCタンパク質

脳は体内で最も脂質に富んだ組織であり、成人の体内コレステロール量である100−150gのうち約1/4が脳に集中している。脳内の脂質恒常性は、体内とは別に制御されており、活発に代謝回転している。脳内の脂質恒常性破綻は、神経変性疾患を引き起こし、アルツハイマー病とも関係すると言われている。しかし、脳内の脂質恒常性のメカニズムはまだ不明な点が多く残されている。脳内では、ABCA1、 ABCA2、 ABCA3、 ABCA7、 ABCG1、 ABCG4、 ABCD1、 ABCD2などが発現しており、脳内の脂質恒常性に関与していると考えられているが、詳細はいまだ不明である。今後、創薬の重要なターゲットになると考えられる。


9. 薬の体内動態

生物は環境や食物中に含まれるさまざまな構造の脂溶性物質にさらされている。問題は、それら脂溶性物質の多くが動物にとって有害であるということである。それらの脂溶性化合物が体内に入らないようにするには、微生物のように高分子の脂溶性物質が透過しにくい細胞壁をもつか、それぞれの脂溶性化合物を高親和性で結合する排出ポンプを数多く用意するかの選択肢しかないだろう。しかし、多細胞動物は消化管を細胞壁で覆うわけにはいかない。また、何千、何万という数の脂溶性化合物を考えれば2番目の選択肢も不可能である。

そこで哺乳類がとった戦略がMDR1であったと考えられる。さまざまな構造の脂溶性化合物がμMオーダー以上の濃度で膜を通過しようとする時、消化管上皮細胞の管腔側膜に存在するMDR1がそれらを結合し排出するのである。低い濃度の場合は、P450酵素などその他の解毒機構などに任せればよい。そのかわりに高濃度の化合物に関しては驚異的と言えるほどさまざまの構造を認識し、基質として排出する(21)。

MDR1は消化管上皮細胞の管腔側膜に発現しており、食物中に含まれる低分子脂溶性化合物が小腸上皮細胞を透過して体内に入ろうとするとき、膜中でそれらを結合しATP加水分解に依存して管腔中へと排出する(図3)。それによって食物中のさまざまな構造の有害な脂溶性化合物が体内に吸収されるのを防いでいる。肝臓および腎臓では、胆汁中、尿中へ排出することによって脂溶性有害物を体外へと排泄している。また、脳や精巣の毛細血管にも発現しており、大切な組織である脳や精巣中に有害物が浸入することを防いでいる。

免疫系では、体外から浸入するありとあらゆる異物に対して、高親和性で結合する無限と言えるほどの数の抗体を遺伝子の再編成や変異を利用して産生して対応している。それに対して、MDR1は1種類の蛋白質が分子量300から2000程度までの無数の脂溶性化合物を結合し排出するのである。非常にユニークな蛋白質と言えるだろう。

一言で言うと、私たちが口から飲んだ薬が体に吸収されるかどうかは、小腸のMDR1によって排出されるかどうかで決まっている。また、血中にどの程度の時間とどまって効力を発揮するかは、肝臓などでの代謝だけでなく、その薬がMDR1によって肝臓や腎臓から排出されるかどうかによって決る。「グレープフルーツジュースで薬を飲んではいけない」とよく言われるのは、グレープフルーツジュースに含まれる成分が、小腸細胞の薬剤代謝酵素を阻害すると同時に、MDR1による排出活性を抑制するためである。そのために想定以上の薬剤が小腸から吸収され、薬剤の血中濃度が異常に上昇してしまうのである。同様に、2種類以上の薬を同時に飲むのに注意が必要なのは、片方の薬がMDR1を抑制すると、もう一方の薬の吸収が増加してしまい、それによって副作用が生じる可能性があるだ。それを、薬物相互作用という。

MDR1以外にも、MRP1(ABCC1)やABCG2も様々な薬剤の吸収、分布、代謝、排泄に関与している。MDR1が脂溶性生体異物そのものを基質として輸送するするのに対して、MRP1(ABCC1)とMRP2(ABCC2)によって排出される薬剤は、肝臓における解毒作用(酵素によるグルタチオンやグルクロン酸付加)を受け、水溶性が増した後に体外へ排出される。近年、ABC蛋白質の遺伝子多型が想像以上に高頻度であり、薬物の体内動態の個人差の原因となることが示唆され始めている。


10. MDR1の基質認識メカニズム

MDR1の特徴は、非特異的と思えるほどさまざまな構造の化合物を基質として輸送することであるが、MDR1の基質は少なくとも分子の大きさと疎水性という2つの共通点をもっている。MDR1によって輸送される基質の分子量は、300から2、000の間である。最も小さい基質の一つであるコルヒチンの類縁体を用いた研究では、ある大きさ以下の類縁体は輸送されない。またペプチド性の物質では、輸送されるのは3から15アミノ酸の間である。ABC蛋白質の一種であり抗原ペプチド輸送に関与しているTAP1/TAP2(ABCB2/ABCB3)が最も効果的に輸送するのも8から14アミノ酸のペプチドであり、基質の大きさがMDR1およびTAP複合体によって輸送されるための重要な因子の一つと考えられる。MDR1の基質はほとんどが高い疎水性を示す。しかし、ステロイドホルモンの中では最も疎水性の高いプロゲステロンは輸送されず、比較的疎水性の低いコルチゾール、アルドステロン、デキサメサゾンは輸送される(22)。MDR1は適度な疎水性あるいは両親媒性を持つ物質を輸送していると考えられる。

どのようなメカニズムでMDR1はさまざまな分子量と構造の化合物を結合するのだろうか?一時期、MDR1が輸送しているのはH+であり、薬剤はMDR1が形成したpH勾配に従って輸送されると主張する研究者がいたが、現在はその説は消えてしまった。MDR1の1アミノ酸置換によってMDR1が輸送する基質特異性が大きく変化するという実験事実(23)は、その説では説明ができない。MDR1が抗がん剤を含むさまざまな薬剤を直接結合し輸送していることは明らかである。最終的には、基質を結合したMDR1の構造が結晶構造解析によって解かれる必要がある。しかし、現時点において、ABC蛋白質の構造生物学的知見は限られている。

生化学的解析に基づいて、MDR1の基質結合部位に関して少なくとも2つの可能性が考えられている。一つ目は結合部位が非常に柔軟性に富み、基質の大きさによって結合部位が適応して変化するというモデル、2つ目は大きな基質ポケットはいくつかのポケットから構成されており、小さな基質はそのどれかのポケットに適合すれば基質として認識され、大きな基質はいくつかのポケットと同時に相互作用するというモデルである。

我々は最近、MDR1の基質認識に関して次のようなモデルを提唱した(24)。@基質ポケットはいくつかのポケットから構成されているのではなく、柔軟性に富むひとつの大きなポケットからできている。Aそのポケットは分子量800-900程度の化合物を認識するのに最適な大きさをしている。B化合物の分子量が小さい場合には、基質結合部位のすきまの空間にコレステロールが入ることによって基質の親和性を上昇させる。

つまり、MDR1の基質認識はこれまでの酵素・基質相互作用の基本である基質特異的な1対1対応の認識機構ではなく、非常に柔軟な対応をしており、そのようなMDR1の柔軟な基質認識機構に細胞膜中のコレステロールが重要な役割を果たしている(24)。我々は、このメカニズムを「コレステロール充填モデル」と呼びたいと考えている。


11. トランスポーター、チャネル、レギュレーター(レセプター)

膜タンパク質のうち、物質の輸送に関与するタンパク質をトランスポーターと呼ぶ。トランスポーターは、細胞にとって必要な栄養分を細胞内へ取り込んだり、不要になった代謝物を細胞外へ排出する。また、細胞内のイオン濃度を調節している。濃度勾配に逆らって物質やイオンを輸送する場合、トランスポーターはATP加水分解のエネルギーを利用したり、他のトランスポーターがつくり出した細胞内外のイオン濃度勾配を利用したりする。

チャネルは、もっぱら無機イオンを電気化学的勾配にしたがって受動的に通す。それによって生じる膜電位の変化は、電気信号として細胞内情報伝達機構に伝わる。運ばれたイオンはCa2+のように情報として利用されることもある。レギュレーター(レセプター)は、たとえば細胞外からリガンドが結合することによって構造変化し、それを細胞内へ情報として伝達する。レセプターは、チャネルと一体となったものを除けばそれ自身が物質やイオンを輸送する必要はない。

トランスポーター、チャネル、レギュレーターの機能の違いは、漫画にするとはっきりする(図4)。トランスポーターは、たとえばむかし井戸に据えられていた手押しポンプのようなものであり、水を汲み上げるには棒を押したり引いたりし続ける必要がある。つまり、輸送と構造変化が厳密に共役しており、構造変化を繰り返して物質を輸送する。チャネルは、構造変化でふた(ゲート)を開閉するが、基本的にはイオンを通す穴(土管)であり、イオンを輸送するのに構造変化を繰り返す必要はない。レギュレーター(レセプター)はスィッチであり、構造を変化させ情報を伝達するが、物質は通す必要はない。

それゆえ、トランスポーター、チャネル、レギュレーター(レセプター)の機能は大きく異なっており、これまでまったく異なった蛋白質群として理解されてきた。ところが、ABCタンパク質はよく似たドメイン構造をもち、いずれもATP結合・加水分解によって駆動あるいは制御されているにもかかわらず、機能はトランスポーター、チャネル、レギュレーターに分化しており、さらにひとつのタンパク質で2つ以上の機能を合わせもつABCタンパク質も存在することが明らかになってきた。


12. チャネル型ABC蛋白質

嚢胞性線維症(cystic fibrosis)は、白人に最も多い遺伝病であり、最も頻度の高いユダヤ人社会では25人に1人が変異遺伝子を持つ。この疾患は全身の外分泌系で水分の流れに異常がおこり粘液の粘度が高くなる。気道では痰の粘性が高く感染がおこりやすく肺炎を繰り返す。胆石をおこしたり、膵炎、腸閉塞などにより多くの患者は30歳までに死亡する。嚢胞性線維症の原因遺伝子は、1989年に同定され、その遺伝子産物はcystic fibrosis transmembrane conductance regulator (CFTR;嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子)と名付けられた。それは、CFTRが上皮細胞の塩素イオンの透過性を制御する因子であると考えられたためである。

CFTRの予想されるアミノ酸配列は、6つの膜貫通αへリックスとATP結合領域が2回繰り返した2次構造でMDR1とよく似ていた。それゆえ、CFTRは何かシグナル分子を輸送するトランスポーターであり、別の塩素イオンチャネルを制御している可能性があった。現在は、CFTR自身が塩素イオンチャネルとして機能すること、さらに他のチャネルのレギュレーターとしても機能することが明らかになっている。CFTRは、一つ目のATP結合ドメインの後に、プロテインキナーゼA(PKA)によってリン酸化されるアミノ酸が集中している制御ドメインをもつのが特徴である。薬剤トランスポーターであるMDR1とチャネルであるCFTRがATP結合と加水分解によって構造変化するとき、どのような違いがあるのかが興味深い。それには、それぞれの蛋白質のATP結合状態の3次元構造と、加水分解後の3次元構造を決定する必要がある。


13. レギュレーター型ABC蛋白質

血中グルコースは細胞のエネルギー源としてだけでなく発達・成長にとって重要である。新生児の時期に血中インスリン濃度が高く血糖値が低いまま維持されてしまうと、脳内に十分量のグルコースを供給できないため中枢神経の発達異常を引き起こされる。逆に、高血糖はさまざまな障害を全身で引き起こし、日本だけでも400万人以上が糖尿病で苦しんでいる。それゆえ、血中グルコース濃度はさまざまな機構で厳密に調節されている。血糖値調節において中心的な役割を果たすホルモンが膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンである。

食事後に血糖値が上昇すると、それに応答して膵β細胞からインスリンが分泌され、筋肉細胞へのグルコースの取り込みが促進される。それによって血糖値はもとの低い値に下がる。膵β細胞は血中のグルコース濃度の変化そのものを感知しているのではなく、細胞内に取り込まれたグルコースが代謝されATP濃度が変化することによって膜電位が変化しインスリン分泌が引き起こされる。膜電位の変化は、カルシウムチャネルを開口させ、カルシウムイオンの流入によってインスリンを溜め込んだ細胞内ベシクルの細胞膜との融合が促進されるのである(図5)。細胞内ATP濃度の変化による膜電位の変化(脱分極)は、細胞膜上のカリウムチャネルの閉鎖によってもたらされる。つまり、膵β細胞からのインスリン分泌の鍵は細胞膜上のカリウムチャネルの開閉が握っている。

現在、経口糖尿病治療薬として、世界で最も広く用いられているグリベンクラミドなどのスルホニル尿素剤は、その細胞膜上のカリウムチャネルに結合し、カリウムイオンが通らないようにチャネル孔を閉じることによってインスリン分泌を引き起こす。このカリウムチャネルは細胞内のATP濃度が上昇すると閉じることから、ATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)と呼ばれている。米国ベイラー医科大学のBryan夫妻は、1995年にスルホニル尿素剤が結合する膜蛋白質を精製し、その遺伝子を同定しSUR1と名づけた(25)。驚いたことにSUR1は、薬剤トランスポーターのひとつであるMRP1(ABCC1)とよく似たABC蛋白質であった。さらに、当時千葉大学に在籍した稲垣博士(現在京大医学部)によって、膵β細胞のKATPチャネルは、4分子のSUR1(ABCC8)と内向き整流性カリウムチャネルファミリーに属するKir6.2が4分子から構成されていることが明らかになった(26)。K+イオンを選別するポアを形成しているのは4分子のKir6。2であり、そのまわりに4分子のSUR1が相互作用していると考えられる(図6)。

SUR1の予想2次構造が薬剤トランスポーターであるMRP1とよく似ていることから、SUR1は何かのシグナル分子を輸送するトランスポーターであり、それによってKir6.2のチャネル開閉が制御されている可能性があった。そこで、SUR1の2つのATP結合領域のATPとADPに対する結合活性を詳細に検討した(27-29)。その結果、SUR1のATP、ADPとの相互作用はMDR1とは大きく異なっていることがわかった。我々は、SUR1はトランスポーターではなく、Kir6.2のチャネル開閉を制御するレギュレーターとして機能しており、細胞内ATPではなくADP濃度を感知するセンサーとして機能しているというモデルを提出した(30, 31)。一般に哺乳類細胞内のATP濃度は3〜5 mMであり、濃度変化の範囲は狭い、それにひきかえADP濃度は数十μM〜数百μMの間で変化する。ATP濃度とADP濃度はちょうど反対で、ATP濃度が上昇するとADP濃度は下がり、ATP濃度が下がるとADP濃度は上昇する。濃度変化を感知するには、ATP濃度を感知するより変化幅の大きいADP濃度の方が合理的である。

このモデルの重要なところは、SUR1がGTP結合蛋白質のようにスィッチとして機能するだけでなく、ADPの濃度を感知するセンサーとして機能することである。GTP結合蛋白質は、GTP結合型が活性型でありGDP結合型が不活性型である。しかし、GTP結合蛋白質は細胞内のGTPとGDPの濃度変化は感知しないし、そもそも細胞内のGTPとGDPの濃度が変化し、それが生体反応の調節に関与するとは考えられていない。SURはGTP結合蛋白質のようにスィッチとして機能するだけでなく、ADP濃度のセンサーとして働くことでKATPチャネルの開閉を制御し、細胞の代謝レベルの監視役として機能していると考えられる。
実際にSUR1がどのような構造変化をすることによってKir6.2のチャネルの開閉を制御しているかは、実際に構造変化を目で見なければわからない。細胞生化学研究室の助教の木村はSUR1とKir6.2のヘテロ8量体を精製することに世界で初めて成功した。我々は、京大理学部の藤好博士の開発した超低温電顕を用いた1分子解析によって、KATPチャネルの開閉メカニズムを解明しようとしている。



14. ABC蛋白質の基質輸送モデル

細胞膜はリン脂質二重層からできている。真核生物の細胞膜における脂質の配向は不均一であり、コリンを頭部に持つホスファチジルコリン(PC)やスフィンゴミエリン(SM)は脂質二重層の外側のリーフレットに主に存在するに対し、アミノリン脂質であるホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)やホスファチジルイノシトール(PI)は内側のリーフレットに存在する(図7)。ホスファチジルコリンがリーフレット間を自然に反転(フリップ・フロップ)する頻度はホスファチジルセリンやホスファチジルエタノールアミンと比べて低く、赤血球を用いたモデル実験では、ホスファチジルセリンが数分であるのに対して、ホスファチジルコリンは数時間かかるといわれている。

それゆえ、膜にはリン脂質の配向性をエネルギー依存的に変える蛋白質(フリッパーゼ)が存在すると考えられている。たとえば、ホスファチジルセリンは常に外側から内側のリーフレットへとATP依存的に反転されており、その過程にP-type ATPaseファミリーに属する膜蛋白質が関与していると報告されている。しかし、膜脂質をリーフレット間で反転させる分子に関してはほとんどわかっていないのが現状である。このような状況の中で、MDR2に関しては教科書(分子細胞生物学、第5版、東京化学同人)にも「膜リン脂質の非対称性を生み出し、維持するのに働く機構はあまり理解が進んでいないが、フリッパーゼが鍵となることは明らかである。この膜内在性蛋白質は、リン脂質の一方のリーフレットから他方への移動を促進する。哺乳類のABCB4(MDR2)蛋白質は最も研究が進んでいるフリッパーゼの一つで、小分子ポンプであるABCスーパーファミリーに属する。」と書かれている。

この教科書に書かれているように、ABC蛋白質はフリッパーゼのように基質をリーフレット間で本当に反転させて輸送しているのだろうか?ABCG1は、スフィンゴミエリンとコレステロールを細胞外へ排出する。スフィンゴミエリンは細胞膜の外側のリーフレットに本来存在するので、細胞外へ排出するためにABCG1はスフィンゴミエリンを反転する必要はなく、外側リーフレットに存在するスフィンゴミエリンを培地中に押し出すだけでよい。ホスファチジルコリンも細胞膜の外側のリーフレットに主に存在しており、ABCA1やMDR2がホスファチジルコリンを排出する時にも反転する必要はない。

我々はABC蛋白質の基質輸送機構として、以下のようなモデルを考えている(図8)。@基質は膜中からABC蛋白質の大きな疎水性の基質結合ポケットに入る。Aコレステロールは基質結合ポケットに低い親和性で結合しており、ホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンの結合はコレステロールの共存によって助けられる。MDR1の場合は、分子量500以下の化合物の結合はコレステロールの共存によって助けられる。B基質がポケットにきっちりとはまると、膜貫通部分の構造変化が起こり、それがヌクレオチド結合ドメインに伝わることによって、ATPを結合した2つのヌクレオチド結合ドメインが2量体化する。Cヌクレオチド結合ドメインの2量体化は、膜貫通αへリックスのひねりなどの動きを引き起こし、膜貫通αへリックスの親水性アミノ酸側鎖が基質結合ポケットに提示される。D基質結合ポケットに提示された親水性アミノ酸側鎖によって細胞外の水分子が基質ポケットに導入される。E基質は親水性となった結合ポケットから遊離し、ごく近傍に存在するapoA-I、HDL、胆汁酸塩、血清アルブミンなどに結合する。F基質が結合ポケットから遊離すると、それが引き金となってATPの加水分解がおこり、ADPがヌクレオチド結合ドメインから遊離する。G2つのヌクレオチド結合ドメインが離れ、膜貫通αへリックスがもとの構造にもどる。H@から次の反応が繰り返し起こる。

このモデルが正しいかどうかを確かめるためには、基質結合状態、ATP結合状態、ADP結合状態など、MDR1の基質輸送過程におけるさまざまな状態の3次元構造を決定し、それに基づいて検証することが必要である。我々は、京大薬学部の加藤博士(http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/structbl/index.html)との密接な共同研究によってヒトMDR1の結晶化を目指しており、基質認メカニズム、基質輸送メカニズムを解明しようとしている。



15. 我々の目指していること

長々とした文章を最後までお読みいただきありがとうございました。最後に我々の目指していることをまとめました。

我々の研究の特徴は、生理的に重要な複数のABC蛋白質を、生理学、細胞生物学、生化学、分子生物学、構造生物学的なアプローチを重層的に、しかも並行して行なっていることだ。医学部ではそれぞれの専門があり、疾病を治療するために研究が行われている。そのため、生理的役割の異なる複数のABC蛋白質を同時に研究することはまれである。我々は農学研究科に所属するため、そのようなしばりはなく、薬剤耐性、糖尿病、高脂血症、神経変性疾患などさまざまな疾病に関係するABC蛋白質を研究することが可能である。それは農学部に所属する有利な点だろう。また、膜蛋白質の研究は可溶性蛋白質に比べて、本当に困難である。また、シグナル伝達の研究やコンピューターなどを駆使したシステムバイオロジーなどに比べて、とても地味である。これは、農学研究科に所属する私に向いているような気がする。

あと10年間ABC蛋白質の研究に専念したい。それによって、膜蛋白質の3種の機能分子であるトランスポーター、チャネル、レギュレーターの作用の違いを明らかにしたい。また、膜脂質の細胞内での動きやその重要性、体内での脂質の動きとその生理的重要性を明らかにしたい。そして、我々の健康をまもるためにABC蛋白質がどのように役立っているのかを明らかにしたい。これらの基礎研究が、多くの疾病の予防や治療に役立てば、望外の幸せだと思う。


16. 健康をまもる

蛇足になるが、私が20年間ABC蛋白質の研究をしてきて“健康”について感じたことを、あとがきにかえて書くことにする。

ABC蛋白質は、食物中に含まれるさまざまな脂溶性の有害物を小腸の膜中で結合し、もう一度消化管中に押し戻すことによって、有害物が大量に体内に吸収されるのを防いでいる。それを考えると、一度に同じものを大量に食べるとか、サプリメントとして高濃度の化合物を摂取するのは慎重になったほうがよいと思う。サプリメントがよくないと言っているわけではなく、上手に使うことが重要だ。一度にたくさん飲めば効くというものでは、けっしてない。何種類ものサプリメントを同時に飲むのも、慎重であるべきだと思う。もちろん複数の薬を服用する時は、医者や薬局に相談した方がよい。薬は必ず水で服用することを守って、MDR1をあまりいじめないでほしい。

コレステロールは変わった化合物である。いくつもの環状構造をもった非常に安定な化合物であり、我々の体はこれをエネルギー源にすることはできない。しかも、コレステロールはある濃度を超えると結晶化してしまい、細胞を殺すことになる。それなのに、我々の体はコレステロールを30種類近くの酵素を使って、多大なエネルギーを用いて合成している。我々の体は、一度体内に取り込んだコレステロールを、大切に使いまわして、できる限り体外へ出さないように設計されている。生物はコレステロールという化合物がよほど気に入ったらしい。細胞膜の安定化に必要だったのだろうか?あるいは、細胞膜に微小環境を作り出すために必要だったのかもしれない。細胞は細胞内のコレステロールを厳密にある濃度範囲に保つために、さまざまな“しかけ”を用意し、周到に調節している。さまざまなコレステロールセンサー、合成装置と排出装置の転写制御、翻訳後制御など、それらだけを見てもヒトの体のしくみの精緻さと複雑さを味わうことができる。最近我々は、これまで核内だけで働いていると思われてきた転写因子の一つが、細胞膜上のABCA1に直接結合して活性調節をするというびっくりするような調節メカニズムを明らかにした(32)。そのような絶妙な調節機構を発達させた進化のすばらしさを感じる。

しかし、野生の動物が草原で獲物を追いかけまわして苦労して獲得していたコレステロールを、ヒトという動物が走りもしないでこれほど大量に摂取するとは、進化の想定外だったようだ。限度を超えて過剰に摂取したコレステロールに対する対応策は、私たちの体にはプログラムされていないのだ。コレステロールや脂肪と上手に付き合うためには、必要以上に摂取しない。それしかない。食べすぎた脂質は、運動によって体の中で消費し、蓄積しすぎないようにする必要がある。特に、基礎代謝の落ちてきた中年以降は、食べるのを控えるか、定期的に運動をするしか手はない。(コレステロールは燃料にはならないのだが、おそらく運動をすれば全身の細胞の新陳代謝が盛んになり、コレステロールは新しい細胞に使われて、動脈硬化などの原因となる脂質の過剰蓄積を防ぐことができるだろう)。

いずれにせよ、魚や肉、いろいろな野菜などをまんべんなく食べるのがよいのではないだろうか。月並みだが、食べすぎないことが重要だ。また、我々の体は、使わないものはいらなものと見なして、どんどん壊すように設計されている。運動しなければ筋肉は減り、骨は溶け、使わなければ神経細胞は死んでいくのである。常に使って、筋肉、骨、神経などがまだ必要であることを体に認識させなければ、それらはどんどん壊されていく。我々の体はすばらしい。絶妙のバランスで出来上がっている。うまく手入れをすれば100年近く“健康”な状態を保つことが出来るはずだ。もっと頭も体も大切にしよう。

文責: 植田 和光



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